何度目かのイメージを脳裏にえがいてみる。



黒いシルエットから放たれる視線が四方からふりそそぐ。

競技場の中心にいたその男はまっすぐ蔵馬をみつめていた。

何度も何度も視線がぶつかる。気配を殺して自分に近づく。

「やはり戦うのは奴だろうな・・・」

大会も残すは決勝のみになっていた。

ホテルから数キロはなれた森の中の空き地で一人、妖気を持つ人間の影が佇んでいる。

蔵馬の脳裏の鴉の瞳は好戦的だけではない光で濡れていた。

ふっと息を吐いて、蔵馬は左手に持っている前世の実の液体を見やった。

何度シュミレーションを繰り返しても、南野秀一の肉体のままでは奴には到底勝てない。

レベルがちがう。

花曇った空をふりあおいでしかし蔵馬はわかっていた。

なりたいんだ、オレは。妖狐に。戻りたいんだ。

人間の暮らしは好きだ。

それなのに身体が叫んでいる。解放してくれ・・・と。

今一度、あの快感を・・・

この前は強制的に妖狐に引き戻されたとはいえ、その感覚は例えようもなかった。

自分の両腕がかぎりなく大きくなり、すべてを掴める、扱うことができるような

相手も自分も植物も動物も自分の支配下において自在に操る感覚。

平穏と愛との引き換えに失っていた。

自らを投げ出してその甘水に浸りたい衝動を抑えるのがやっとの毎日で、

しかしその衝動に襲われるたびに母やまわりの人間の(友達といえる)面影がどんどん大きくなって

蔵馬の脳に迫り来る。

ひどく精神を消耗する二択問題を出題されているような日々は蔵馬を休ませることはしなかった。



心を決め、蔵馬はぺろりと舌をつけてみて一気にその液体を飲み下した。

本番にそなえて十分な準備をしなければいけない。

(そのためには薬の効果があらわれるための時間と持続時間を計算して計略を練らなければ。)

足をニュートラルに肩幅にひらき、腹筋に力を入れつつ上半身の力をぬき、

四方からの攻撃に即座に対応できる姿勢をとる。

手はふわりと空気のボールを持つようにあわせ、自然な曲線を描く。

力を抜きつつ次の攻撃にそなえる、という野生動物のような戦いのポーズは

狐だったころの有意義な遺産だろうか。

ふたたび自分の中の敵の姿に意識を集中する。

先ほどの液体の残味が舌裏をつたわり、喉に行く感触が妙になまなましい。

「まるで・・・」

その食味はある人間を蔵馬に思い起こさせた。

そして先日の小さな事件を芋づる式に記憶の回路が引きずり出し、蔵馬は知らず眉根に皺を寄せる。

あれ以来雪菜は蔵馬に口をきこうとはしてこなかった。

それどころか目もあわさないようにしているらしい。

まわりの人間達はそれを感じ取っているのかいないのかよくわからなかったが

飛影だけは鋭い視線を時々こちらになげてきていたから気付いていたのかもしれない。

(オレと妹、もし二択だったら飛影はどっちをとるんだろうか・・・なんてちょっとうぬぼれてるかな)

雪菜への飛影の感情はひた隠しにしているわりには、かなり光に満ちて暖かく

まわりの人間には感じられる。

(飛影の愛か・・・兄妹愛・・・ね)

その鈍感さも最近の蔵馬にはすこし苛立ちの原因となっていたようだ。

普段は完璧に(?)表に出す感情をコントロールできる蔵馬にとっては

あからさまな行動や言葉は相手のレベルを露呈してしまっているようにしか思えなくなっていた。

「桑原君も・・・あれで告白しないつもりなんだろうか・・・でも純粋な妖怪と一体
どうするつもりなんだろうな」

まぁオレには関係ないけどね、と口のなかで呟いた蔵馬は

ふいに自分が取り返しのつかない過ちを犯したことに気付いた。

絹のような長い黒髪の影が蔵馬の後ろから前へと伸びて完全に彼自身の影と重なり合っている。

立ち竦む人間の二の腕を肌の肌理の流れに逆らって下から斜め上へと薬指でなぞりながら

鴉は満足そうに目だけで笑っていた。









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送