瞳をかすめた刹那の恐慌ははたして鴉にはとらえられたのだろうか。

ちらちらする陽光と葉陰はそれを隠してくれたのだろうか。

「人間の魂塊溜まれば妖怪・・・ってところか」

「人の腕つかんだまま何わけのわからないこと・・・」

「ああ オレの作った諺だ それにしても」

ぱっと腕を放しながら鴉は続ける。

「青春の悩みがあるんだろうがあんまり眉間にシワを寄せるな。せっかく綺麗な顔をしているのに」

相変わらずつかみ所のないキャラクターで蔵馬は困惑する。

「今日は偵察か?戸愚呂チームも殊勝なことをするんだな」

「はは まさか」

カサ、と蔵馬の足元の枯葉が音をたてた。一歩後退したために。

「さっきから見ていたら誰かとの戦いを想定していたみたいな動きをしていたからな」

見られていた・・・?ずっと?

戦う相手に手の内を見られていたと思うと自嘲せずにはいられない。

「くっ」

「誰のことを考えていた?」

カサカサと今度は一歩近づく鴉の足元の枯葉がささやく。

一歩、二歩。

「い・・・」やや上気している首に鴉の手が触れる。

触れられたところが熱くしびれる。先ほどの薬のせいか、全身が鋭敏さを増しているようだ。

マスクをしている鴉の目だけがわずかに湿って表情を作っている。

「殺せよ・・・」

「何故?」

「今のオレはお前には勝てないのはわかってる。殺せ」

「オレを殺したくて思いつめてるのはお前だろう?ずっとオレのことを考えてたろう」

かっと蔵馬の頬に朱がさした。

「最後までプライドが高いんだな。銀狐らしい。そういうところが好きだよ」

右手で蔵馬の喉元を掴んだまま、左手で鴉はゆっくりと自分のマスクをはずした。

鴉の目の表情が顔全体にひろがって端正な造りの口がややゆがんでいた。

ゆっくりと口付けられ、蔵馬はまぶたを伏せるようにした。

「逃げないのはいい心がけだな」

左手で蔵馬の髪を弄びながら鴉の声はいくぶん意外そうに低く響く。

執拗な二度目のキスで蔵馬は顎をあげて自分から舌を差し入れた。

「そんなに清純そうに見えるのか?貴様の前の銀狐は?」

「隠しきれていないがな」

「みんな節穴だな」

苦しいような息遣いの合い間に顔を離して鴉はやや奇妙な顔をする。

「何だこの味は」

「・・・ドーピングだ」

「そうか」

「あと数十分でオレは凶暴になるぜ?お前を殺せるくらいに」

「時間制限付というのも楽しいかもな」

全身黒づくめの男は全く意に介さないという顔で蔵馬の首から腕をねぶる。

上から鴉のつややかな髪を見下ろして又、過日の桑原を思い出し、蔵馬は薄く笑った。

「あ・・・っ」

「細くて白い足だな。大好きだよ」

「じゃあ、お前はオレの手足が好きなのか?へぇ・・・」

「無理しないで声だしたらどうだ?」

力が入らずに蔵馬はどさりと後ろの木に体重をあずけた。自然、鴉も膝立ちになる。

「手足だけじゃない。顔も身体もそのもろいプライドも好きだよ。ずっと側に置いておきたいね」

いる、ではなく置く、というところが鴉の真骨頂というべきなのだろうが

今の蔵馬には正常に意味を感知することができなくなっていた。

「そしてその、他の人間を思いながら身体は誰にでも預ける所も」

はぁ、と息をつきながら蔵馬はぐるぐるとした頭でそれでいながらひどく狼狽を感じて言った。

「それは・・・単に尻軽って言いたいわけか?」

「自分でそう思うのか?」

「知るか・・・はぁ・・」

蔵馬を仰向けに組み敷いて右足を肩にかけて太ももの裏側に口付ける鴉の髪を手荒くつかむ。

「お前も・・・」

「今の顔きれいだよ・・・殺すときは絶頂の時に殺してやるよ」

「ん・・・っ」

鴉の背中にしがみついて爪をたてる蔵馬には言葉を話す余裕はなかった。

目の前の煌めく光はしかしあの日感じた輝きとは似て異なもので、

快楽に身を委ねてもその違和感はなぜか感じられた。

なぜだろう。

それが哀しくてその感情が押し寄せてだからなおさら蔵馬には

欲望の淵へ身を投げることしかできないのかもしれなかった。







<濡れ羽に堕ちる・完>







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