責めるような視線をそらしながら歩く蔵馬に

「オレ、買い物あるから」と別れを告げた桑原の背を見ながら波の音をぼんやりきいていた。

死体は菌糸類を呼び出しておいたからもうまもなく土に還ってしまうだろう。

蔵馬は確かに抑えがきかなくなっている自分自身を自覚してはいたが

だからといってどうにかなるものでもないと半分は諦め、もう半分は自嘲している。

今このまわりをとりまく全ての人を

自分と守るべき人を守ることが出来るのなら誰をも傷つけても仕方がない。

そして守ることができないのだったらそこから一人自分を外して・・・

自分はきっと何にでもなる。何にでもなれる。

ざざーん。ざざ。

鬱然とした波の音をきいても、いつかの誰かを思い出してもそれはずっと変わらない決意で、

そのためにぎりぎりと体と心を腐食する何かを蔵馬はずっと知らず飼っている。

だからそれを厭う気もなかった。

(関係ない・・・オレはオレのやり方でやってやる。君がそれを責める謂れはない)

海風がうねる彼の髪を乱暴に揺さぶっているのも気に留めず、

蔵馬はしばらくやはり波の音をきいていた。

おそろしく顔色が悪くそれがかえって眦の透明感を増して

凄みのある石英の表情を形作っていた。



蔵馬が一旦、ホテルに戻るとロビーでなんだかよくわからない彼なりの体操?をしながら

外に出ようとしている幽助とすれちがった。

「おっ蔵馬?」

「ああ」

「桑原と会ったか?」

「さっきね 何で?」

「いやオマエが出てったのオレ気付かなかったんだけどよ。桑原がなんか最近 オマエの様子がおかしいっつって後追っかけてったからさー」

「・・・そーなんだ」

「雪菜ちゃん置いて出てくなんてそれこそ雪でもふるんじゃねーのか ははは」

彼にしては珍しくヘタなシャレを言ってからからと笑う幽助をちゃんと蔵馬は見ることができない。

「そうだね」

「蔵馬オマエなんかあったのか?」

「別に」

「・・・絶好調ってぇふーでもねぇな」

「でも試合には勝つよ 大丈夫」

「ふーん ならいーけど」

怪訝そうに眉を歪めたまま、じゃーな、といって幽助は出て行った。

きっと彼なりに自分のことや桑原のことを気に留めているんだろう、と蔵馬は思う。

そんなことでも考えなければまた激しく色々なことに気持ちが揺れそうだった。

雪菜ちゃんを放って?オレを?

君にとってオレはどういう存在なわけ?

前髪を無意識にかきあげながら蔵馬の思考はどんどん濡れた砂のようにずぶずぶと落ちてゆく。

オレを哀れんでオレに同情して寝てくれたから最後まで責任とろうっていうのか?君は。

関係ないって思ってオレが全てを切り捨ててもそれを許してはくれないわけか。

だったら。

「オレだけを思ってくれればいいじゃないか」

思わず口をついてでた科白に自分で呆れて落ち着きなく身じろぎした。

そんなこと・・・本当に思っているのか?

願っているのか?

「利用する相手を間違えたな・・・妖狐蔵馬」

こんな風になるのがこわかった。

自分の幸せと自分の快楽は自分で決める。

相手に、誰かに、振り回されたくない。

なぜなら。

それをなくした時にどうしたらいい。

だからずっとそうしてきた。

キスする相手。飯を食う相手。一緒に仕事をする相手。セックスする相手。

それはそれだけのつながり。それだけの時間を共有するもの。

キスは唇だけの握手は掌だけの感覚の交歓。

そこに中身がともなうことはないのだ。永遠に。

自分だけラクしてきた罰か・・・

それ以上を求める相手は容赦なく切って捨てた。

交わりを絶つこともあるし、本当に斬ったこともある。

果てなく深い砂に足をとられてロビーの椅子に腰掛けてうつむいている蔵馬に声をかけてきたのは雪菜だった。

「あの・・・蔵馬・・・さん?」

暗い瞳のまま顔をあげると雪菜の心配そうな芯の強そうな瞳とぶつかった。

「大丈夫ですか?どこか・・・具合でも?」

きつそうで、それでいて優しい彼の瞳に似ている、とふと思えた。

「いや 別になんでもないですよ。気にしないで」

「でも・・・お部屋に戻ったほうが・・・」

「あなたは何か用事があるんでしょう?オレは大丈夫だから」

「え、ええ。何か和真さんが魔界の行商人の方から薬草を買うことができたって連絡を下さって。」

え、と蔵馬は急速に目の焦点を目の前の少女にあわせる。

じんじんと気持ちが薄ら寒いほど冷えていくのを感じる。

「そういえば買い物をするって言ってたな 桑原君」

オレの心配の次には彼女のパシリか。

なかなかやるな桑原君。そんな彼に振り回されてるオレが一番バカだけど。

「ああ!!ほんとにバカらしいな!あはははは」

急に笑い出した蔵馬を薄気味悪そうに見て

後ずさりをしている雪菜の腕を軽く掴んで蔵馬はその足を止めた。

「ねえ雪菜ちゃん 一度聞きたかったんだけど」

「な、何でしょうか・・・」

「お兄さんをさがしにこっちに来たって言ってたけど」

「はい・・」

「何のアテもなく人間界に来たの?魔界にも知り合いいなかったみたいだけど」

「そ、それは本当に恥ずかしいんですけど・・・」

「やっぱり無計画にただ来ちゃったんだ?へえ〜それってちょっと無謀すぎないかな」

「でも氷泪石が・・・」

「氷泪石が呼び合うの?っていってもお兄さんがそれを持ってるって保証ないでしょう」

雪菜は蔵馬の手に軽く抵抗して後ろに下がろうとする。

「そんな無計画な人が人間界にいても大変だし、周りの人も迷惑するんじゃないかな」

「・・・・」

「それに、どういうつもりなのかな。自分の無力さをわかってて、それで桑原君を利用するつもりなの?」

「なっ・・・」

それまで項垂れていた雪菜はすいと顔を上げ、顔面を紅潮させると

激しく蔵馬の手を振り払って小走りに外へ駆けていった。

カポカポと鳴る草履の音が耳に残る。

「はあ・・・女の子いじめちゃった」

自分のイライラを誰でもいいからぶつけたかったわけではない。

多分、雪菜だったからだ。

それは蔵馬自身もわかっていて、だからこそ自分をもてあまし、

絶望的な気持ちになるのだろう。

「バカだな・・・ホント。」

もう何も考えたくなくて、次の試合にむけてのイメージトレーニングをするために

ゆっくりと蔵馬もホテルの外の森へ足を向けた。









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