「でも船の上からあんなんなるなんてびっくりしたぜー」

「ぐー・・・」

「コイツいつまで寝てんだ?」

「ふが」

「多分オレたちだけだろう。オレたちの力量をはかるために仕組まれた猿芝居だよ。まったくバカバカしいね」

「え?そーなん?」

眠り続ける幽助をかつぎ、その頭をかるく小突いて桑原は後ろを振り向いた。

飛影は3メートルくらいの最後尾から海のほうを見ながら関係ないふりで歩いてきている。

ここにいたっても、いつものニヒルさを崩すことはないらしい。

斜めすぐ後ろを歩く蔵馬は案外深刻な顔でふう、とため息をついて言った。

「これから先もうっとうしい小細工がたくさんあるだろうけどあまり相手にしないほうがいい。」

「まったく正々堂々とこいってんだ!!オレたちゃ逃げもかくれもしねーよ!!」

「BBCは汚いやり方でのし上がってきた企業家や資産家のクラブなんだから

そんなの奴らには日常茶飯事なんだろう」

なんの感情もあたたかみもない声で滑らかに話す蔵馬と並んで歩いていた桑原は

少し胸中をかき乱されるのを感じながら幽助を抱えなおし、努めて大きい声で叫んだ。

「おっ!ホテルだ!!なんだこりゃマジか!?」

桑原が素っ頓狂な声をあげたのも無理はない。

暗黒武術会という裏社会の象徴のようなドス黒い大会がひらかれる場所にしては

不似合いな、なかなか豪勢なホテルがそこには建っていた。



部屋はツインで、一流ホテルらしい落ち着いた家具がそろっている。

桑原は幽助と、蔵馬は飛影と同室ということになった。

桑原、蔵馬、幽助、飛影、覆面、この5人で部屋にいてもしかし、

飛影は自分のしたいことをしているし、覆面はしゃべらず、幽助は寝ている。

必然的に桑原と蔵馬の会話が部屋にポツリポツリと響く。

「オマエさ、他のチームのこととか少しは知ってんの?」

「いや、もうオレもこっちにきて長いから。今の魔界のことはよくわからないな。
まぁこの大会に出てくる妖怪のレベルと志向とかっていうのはあんまり変わらないんだろうけどいつの時代も。」

蔵馬の話す、「あ」行の発声が少しかすれている。

それに気付いた飛影が微妙にこちらを気にしている様子が伝わってくる。

その掠れはあの熱のるつぼの中でうまれたものだ。

本当に今考えるとお互いにどこかおかしくなっていたのではないかと思えるほどの。

最終的に求められるまま桑原は応じ、蔵馬を受け入れ、それでも蔵馬の中身を引きずり出そうとした。

蔵馬の咽喉の奥からの紡ぎ出される天上への足がかりのような音の波は

桑原に快楽と罪悪を思い知らしめ、雲をつくさらなる境地へ導いた。

「あっそういやオレ、メガリカのCDどうしたっけ・・・」

反芻にいたたまれなくなった桑原は背中を向けて荷物をひっくりかえした。

(オレはアイツを助けてやるとか言い訳をしながら・・・アイツと寝たんだ。何回も。

それでアイツは本当に助かったんだろうか。アイツを救ったことになるんだろうか)

二人ともが強くなるのだから、と蔵馬はいつも桑原に語りかけた。

その言葉は本当に嘘ではなかったがその言葉に縋って、ある程度大脳の働きを

妨げていたことは否めないのではないか。

必要ないと思っていたのか蔵馬はキスをあまり望まなかったが

3回目には蔵馬の左の、犬歯がほんの少し飛び出している列を舌でなぞりながら

蔵馬の眉間の皺がゆがんで顔が紅潮してくるのを待ち遠しく享受して、

そのしなやかな腰の皮膚を毛皮を愛でるように指先でなぞって

気の遠くなるような彼への執着心が自分の中からにじみだしていやしないかとうかされながら考えたりした。

(アイツは身体とプライドとをひきかえに力を手に入れたつもりなんだろうか。

だったらオレは何をひきかえに何を手に入れたっていうんだ。

オレは与えたかったんだ・・・何も奪うつもりなんかねぇのに・・・)

ひっくりかえした荷物を前に桑原はずっと手を止めている。

部屋に幽助の寝息だけが響く。

蔵馬の眉間の皺はここへ来てからずっとそこにたゆたっているようだ。

桑原が何を思い悩んでいるのか、蔵馬はわかっているような気がしていた。

しかし掛けるべき言葉も、打開策も蔵馬は持ち合わせていなかったし、

その方面での思考回路は自分自身で凍結させていた。

これ以上何かをしてねじれる関係性ならばいつまでも平行線のほうがいい。

何回もその体温を自分の奥で感じたとしても永遠に交わらない。

そういうリレーションには妖怪のころから慣れている。

髪が黒くなっても、身体が脆く、幼くなっても結局あまり自分の本性なんてかわらないのか。

蔵馬の心の最奥の冷笑は容易に周囲に気づかれることなく

氷解しかけた季節はびゅんびゅんと駿馬のように過ぎ去り、今は過酷な季節がはじまろうとしていた。









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