濡れ羽に堕ちる1




つらい思い出はいつか忘れてしまうけど

いい思い出は胸にずっと刻まれて残るから。

悠久の時を生きる妖怪も

限りある短い命を生きる人間もそれは同じ。

最後に二人が二人で会ったとき蔵馬が言った科白だった。

今がいいのか悪いのか 彼にとってどうなのか それの持つ意味はわからなかった。





首縊島へ向かう船を前に久しぶりに顔を揃えた4人は

久々に会う普通の友達同士がそうであるように眩しいような顔をお互いにしていた。

(表情にはまったく出さない者もいたようだが)

しばらくぶりという動悸とそして自分の中の秘密にたいする激しい動揺を覚らせまいと

桑原は木の表皮をじっとみつめながらも

「なにやってんだ?」と声をかけてきた

幽助と飛影の著しい能力の変化には気づかされた。

無理にでも気付くといってもいい。

そんな桑原に蔵馬は「君もがんばったんだから」と言葉をかけてきたが

その笑顔の裏側にも意味を勘繰ってしまうのは

あながち桑原が物事に細かいからでもあるまい。

桑原はふと気を緩めると蔵馬を目でおっている自分に気付く。

そしてその綺麗な蛋白質の一つ一つの要素を脳内は勝手に描き出す。

意識しなくても流れを作る指先、

普段は服に隠れて見えない華奢すぎない必要な筋肉のきれいについた肩、

髪の手触り、放物線を描く肱、

(アイツの足の指って親指より人差し指のほうが長いんだよなー・・・)

思えば他人の足の指などに注意を向けたのは初めてだった。

思えば思うほど記憶はシークエンスしていく。

そして左手は蔵馬の中の存在をいまそこにあるように記憶している。

暖かくて冷たくて柔らかい。

奥に、深みにどんどん嵌っていく感触。

ずぶ、ずぶずぶ・・・

「オマエ、脳みそだいじょーぶか?」

幽助が眠そうに聞きながら船に乗り込んできた。

これから決戦の地に出航しようとしているときにオレは何を考えているんだ、と

桑原は自分を諌めつつそれでも視線は蔵馬のほうを見やる。

彼は彼より頭ひとつ背の低い黒い三つ目妖怪となにやら落ち着いた笑顔で話している。

美しいものに対する畏れを桑原は持っている。

うっかり触れたら汚してしまう、壊してしまうフランス人形への懼れ。

しかし蔵馬の美しさへの畏れはちがった。

(最初はそうだった。そりゃあびっくりしたしな)

蔵馬は自分に頼んだ。ほかでもない自分に。

そのことが桑原の蔵馬に対する畏敬と感情に微妙な変化を生じさせたことは間違いない。

それがプラスなのかマイナスなのかは、しかしまったく別の話である。

蔵馬の自分を殺す冷徹さ、反面子供のような必死の考えのなさ、

周囲のものへの誠実さ、敵に対する周到な残酷さ、

すべてが溶け合って蔵馬を構成している。

その精神の溶鉱炉の中から桑原は蔵馬の身体を掬い上げて救い上げて

そのまぶたにくちびるに脇の下にキスをして

確かなものを手の中に抱きこみたいと、思っていた。

思っていたというのは正確ではないかもしれない。

明確に思っていたわけではない。

ただ願っていたのだ。自分の身体の下ででも蔵馬が形作られるのを。









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