桑原は思わず蔵馬の目の中をのぞきこむ。

その赤みがかった中に自分がうつっている。自分にむけて光をはなつ目の中に。

いつも感じていた。コイツの目の強さを。

優しげでそれでも揺るがない意志の強さと同居する脆さを。

その両方を感じてそして・・・

「蔵馬・・・っオマエおかしいよ!」

「何が?」

「オマエが無茶苦茶やって自分を大切にしねぇで強くなってそれで大会に優勝したとして・・・ 一体何が残るってんだ? そんなの・・・ぜってぇおかしい!!」

「オレが自分を?そんなこと何で君が言う? オレは自分を大切にしてますよ。君がわかってないだけじゃないかな」

「わかってねえだと?好きでもねえやつと寝るなんてしかも野郎と・・・っ それでも大切にしてるって言えんのかよ!!」

ああ。と蔵馬は自分の視点がすうっと遠くなったように感じた。

なんだかわからないけど自分は今心臓に刺激をうけているみたいだ。

でも・・・なんだろう?

たとえば。

自分のしらない身体の部位を痛さと紙一重の愛撫をうけているような。

そんなところが自分にあったと知らなかったような。

開発されていく・・・誰かに。

「オレは・・・桑原君のこと好きですよ」

「そういうこっちゃねぇだろ オレはダチとヤるシュミはねえ!」

蔵馬は自分の感情にいくぶん手を焼き始める。

なんだかよくわからないけどちょっと腹も立つ。

「そう。桑原君がどうしてもいやだっていうんならしょうがないけど。 でも。」

われながら性格の悪さはキツネ由来か。

「そういうわりにはこの前の桑原君は意外と熱心に思えたけど。」

そう言ってちょっと口角をもちあげて笑ってみせた。

こんな笑い方、久しぶりにしたな・・・などと思いながら。

桑原は蔵馬の思惑通りの反応を示す。

そういう所がやっぱりおもしろい。

顔色を青くしたり赤くしたり忙しくしている桑原を目尻のはしでとらえながら

蔵馬はゆっくりと自分の感情が凪いでいくのを感じていた。



桑原はこんなことを言うつもりはなかった。

もっと穏便にやんわりと断るもしくは触れないという算段をしていたのだ。

それはでも自分の心の深淵を見つめるのを避けてそして蔵馬のそれをも見ないように

見つめないようにする逃げだったのかもしれない。

自分が何を望んでいるのか蔵馬が何を望んでいるのかわかりあえそうでわかりあえない。

わかりたくない。

そういう心理が隠れていたのかもしれない。

しかし直接的に寝てくれなどと言われて

そして本当は自分と寝るのがうれしいのではないかと言われひどく狼狽した。

うろたえるのはなぜか。

その理由を桑原は考えたくなかった。



無言になった二人の距離をゆっくりと影がうめてゆく。

放課後独特のにおいから離れたこの雑木林にも午後の日は着実に過ぎていく。

蔵馬はゆっくりとまわりと歩き出しながらすっかり冷静になった頭で考えていた。

オレが彼をどう思おうが、彼がオレをどう思っていようが

オレには関係ないから。

ただ欲しいのは生きてゆくパワー。

生き抜けるだけの力。

こうなってしまった以上は非常に困難な未来が待っているのだから。

オレにはその難しさがいやというほどわかっている。

平和にぬるいこの人間界では命に関わらないケンカやいざこざに

身をゆだねていればいい刺激にもなるだろう。

でもオレは知ってる。

力だけがすべての世界で生きる術を。

そのためにならオレは・・・

「桑原君」

やおら足をとめて蔵馬は少しハスキーな声で呼びかける。

「ごめん。でも君ならわかるだろう」

立ち尽くしていた桑原はゆっくりと顔をあげた。

「オレは大会に優勝したら闇の組織の壊滅と暗黒武術会の永久閉会を願うつもりだ」

蔵馬の顔からは表情が消えて静かな声は先を続ける。

「今のままだったら第二第三の垂金があらわれて人間の欲望の道具になる妖怪は後を絶たない。 そういう奴らに手を貸す妖怪ももっと出てくるだろう。本来妖怪は自分の欲望に正直なものだ」

蔵馬が何を考えているのかなぜか少しわかったような気がした。

表情のない声と顔であるにもかかわらず。

「妖怪を知ってるオレだからいえる。そして君の好きな人は氷泪石のためにこの先ずっと身をおびやかされるよ」

秋風が蔵馬の細い髪をゆるゆるとなぶる。

手をのばせばすぐそこにある。

「だからオレたちは絶対に勝たなきゃいけないんだ! わかってないのは君だよ!!事の危急さを全然わかってない! オレの気持ちとか身体とかそんなことは構ってくれなくていい。 君がやれることならどうかやってほしい・・・!」

うつむいて蔵馬は桑原の両腕を掴んで訴える。

「蔵馬・・・」

頭をあげた蔵馬の顔は怒りともとれる真剣さが浮かんでいた。

氷泪石 雪菜 志保利 人間 妖怪。

それだけなのか?

蔵馬が言っているのは思っているのはそういうことだけなのか?

あやとりの糸がからまって戻らないように

桑原の頭の中はこんがらがり、元にもどらなくなっていた。

オレが思っているのは・・・

人間界のこと・・・姉ちゃん・・・家族・・・思い人・・・

そういうことだけなのか?



本当に?



仰ぎ見る、まだ紅葉していないみずみずしい木々と太陽の光より

手を伸ばせばそこにある、陽に透けて赤みがかった黒髪のために

桑原は、手を、伸ばしたいと思った。





<瑠璃も玻璃も・完>







 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送