ドク。

実際には存在しない何かを、何かが体内ではじける音を、桑原は聞いた気がした。

日の沈む前の一瞬の太陽のきらめきが蔵馬の背後でたゆたい

逆光になった瞳は漆黒さをまし、底が見えないほどだった。

「それは・・・冗談かよ・・」

「さっき冗談言うなっていったよね」

桑原はふいに切ないような苦しいような表情になり、ややうつむいて蔵馬の視線を避けた。

「蔵馬・・・お前はなんで・・・」

先ほどの爆発で汚れた手をもちあげて蔵馬の滑らかな頬に近づける。

たっぷり10秒程逡巡してから目的地点にかすかに触れたその手が

ほんの少し震えているのを感じて蔵馬は一瞬微笑んだ。



蔵馬は自分自身で何をしているのか、何を言っているのか完璧にわかっているつもりで

しかし一枚膜がかかったような不思議な感覚を味わっていた。

現実とまぼろし。

流れに身を任せてしまってもいい。

でも所詮はふざけあっているだけで何も起こらないでもいい。

人間の南野秀一という皮を通して何か舞台を見ているような

それでいて感情が煮えたぎっているような

そんな感覚を。



「オレは強くなりたいんだよ」

それだけか?そうじゃないそれは言い訳。

「知ってるよ」

「本気で・・・言ってんのか」

「おれももっと強くなりたいからね」

お前は何のために?

でももう色々考えるのはやめた。いや、もう考えられない。

桑原は蔵馬の顎と手首を掴んで強引に唇を重ねた。

瞬間、皮膜が破れて生身の蔵馬の感覚が蘇った。

今、この人とおれは現実。ここにいるんだ。 にわかに蔵馬は腕をつっぱった。

「桑原君、おれ汗かいてるし外じゃやだよ」

普段の彼からは考えられないような熱っぽさで上腕をそして首をもとめ

蔵馬に全体重をかけて押し倒した桑原は

聞こえているのかいないのか動きはがむしゃらでその表情は全く読めない。

腐った落ち葉のにおいが鼻をつく。

純粋に力と体格では全く太刀打ちできない蔵馬はあきらめて力を抜き、腕を桑原の肩にまわした。

その動きと蔵馬の体温に桑原がびくっと反応する。

自分からではなく蔵馬からの接触を今初めて体験するように

それがひどく貴重なものに思えたのだ。

桑原ははじめて自分の意のままにひらかれていく目の前の光景に夢中になった。

普段みているだけで触れることのなかった唇 頬 腕 足 白い胸。

夜の闇がひたひたとおとずれる中で彼は一つの人間の全てを知りたかった。

この世界にふれるのは自分が最初なのか

この方法を彼に教えたのは誰なのか

それが醜い感情とも思えない頭の中に一本の赤い筋が走り

本質的に当然なものと、当然の権利だと考えるだけしかない思考力が残っていた。

上気した顔の土の汚れを舌で落とされながら蔵馬は桑原のその妄念を感じ取り、

それがいやだとかつらいとか思えない自分が不思議で

体から流れる一筋の現実の鮮血が何よりも流暢に答えを出してくれると

奇妙な安堵感をおぼえていた。



<赤と緑・完>







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