勿忘草の空




ここに来てから。

いやあの日から?

たくさんの感情が自分の身体の中を通り過ぎて

痕をたくさん残していった気がする。

暗雲が嘘のように晴れた空と波をかき分け進む船のぴかぴか光る船体を眺めながら

蔵馬は思いを巡らせていた。



「何も捨てない」と戸愚呂に幽助は言った。

蔵馬は考える。

オレは何も捨てないために自分を捨てようと思った。

そんなことを考えられたのは人間になれたから。人間になれて、大切な人ができたから。

そしてオレの存在が大切な人の大切なものを奪っていることで成り立っているから。

負い目がある。

そして。自分は彼女がいなければ生きていなかった。

生きていけもしない。この世に認められもしない。

彼女から貰った愛と自分の愛。

愛している大切な人。

自分より大切な存在ができるなんて思ってもみなかったことだった。

たとえ何をしてもその人を守りたいと思った。

たとえ自分がどうなろうとも。



でも。

蔵馬は振りかえってその人をみる。

幽助と談笑しているその人は心から晴れ晴れとした顔をしている。

あの日、鴉に自分から半ばすすんで抱かれた日、

妖狐に戻った姿であられもなく森の中で倒れていた蔵馬を見つけて

ホテルに連れ帰ったのは桑原だった。

桑原は何も聞いてこなかった。

ただ、「あんまり心配させんな」と軽く笑って言った。

その後うしろを向いて部屋を出ていく彼はひどく切ない顔をしていた。

そして決勝戦で鴉に勝つために、蔵馬は自分の命を捨てた。

それに賭けるしか方法がなかったからだ。

結果的に助かったから蔵馬は自分ではよかったと思っている。

ラッキーだったと。

戦いの後、しかし桑原は幽助をグーで殴って、蔵馬にも殴るぞ、と予告して平手打ちをした。

なんでオレにはグーで蔵馬にはビンタなんだよ!と幽助が抗議していたが・・・。

蔵馬は幻海の死を黙っていた事で責められるのだと思っていたが

桑原はひどく真剣な顔で「自分のことをもっと考えろ」と言った。

「おふくろさんは自分のために息子が犠牲になったら自分が死ぬより悲しいんだぞ」

桑原の表情は痛切だった。

「それにお前はいつも自分のことを後回しにしすぎる。それは良くないと思う」

うつむいたあと顔を上げた桑原はニカッと笑った。

「まぁ浦飯みてーなヤロウはもっと周りの事を考えるべきだけどなっ」

お前と足して2で割ればちょーどいいのになー!と言った桑原はひどく大人びて見えた。

同じ事を前に幽助にも言われた気がする。

でもやっぱり蔵馬には理解できない。

オレには彼女を全力で守ることしかできない・・・。

それがオレのしたいことなんだから仕方ないんじゃないだろうか。

その結果、死んでも生きても仕方ない。

蔵馬は船尾に頬杖をついて横目で桑原を見つめ続けた。

でも。

死んだらちょっと残念だと思う。

「お前のサカリはおさまったのか」

飛影が珍しく自分から話しかけてきた。

黒龍を使って眠り込んでいた時はあんなに無邪気な寝顔を見せているのに

この憎たらしさはどうだろう。

「おかげさまでーと言いたい所だけどイマイチ。でもこれも自業自得ですから。 身内に爆弾をかかえて生きるのもスリルがあっていいかも」

「口のへらない野郎だな」

「それはお互い様。これからもよろしくv特に身体がガマンできなくなったら・・・ね」

「ばっバカいうな!」

ふふ・・・と蔵馬は焦って離れていく飛影の後姿を笑いながら見送った。

本当はかなり身体を掻き毟りたいくらいの衝動がたびたび訪れることがある。

そういうとき、自分を律することができるのか、実は怪しい。しかし仕方がない。

でも・・・

そういう時会いたい。

死んだら会えない。

だから残念だなと思う。寂しいと思う。

仕方がないことなのに。

水しぶきが顔にかかって冷たい。

髪も潮でばりばりになっている。

「ああ、雪菜さん!そんなところにいると髪の毛が潮っぽくなっちゃいますよ!」

「平気です!私、海って珍しくて・・・」

あんな姿を見られなくなる。

それはどういうことなのだろう。

長すぎる時を生きて、いつだってどうでも良かった。

別に出世したいとか国を作りたいとかそんなこと思っていない。

食べられて、楽しければそれでよかった。適当に快楽を貪って。美食にありついて。

仲間が死んだときは悲しかったし、辛かった。

黒鵺が死んだときは幾日も嘆いた。

そういうことなのだろうか?

わからない。

「蔵馬ー!もうすぐ着くってさ!」

「街に入ったら南野って呼んで下さいよ?」

「・・・無理!」

「幽助・・・」

皆に会えなくなるのは嫌だ。

それはひどく甘ったれた考えだと思われた。

だからそんな感傷は心の奥にしまっておこう。

武術会にも勝ったのだからそれでいいじゃないか。

そう呟いて、蔵馬は船を飛び降りて港へ一歩を踏み出した。









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